十勝沖地震に伴う津波の河川遡上

最終更新 : 2003年9月30日

2.1.十勝川(現地調査写真,水位記録,痕跡調査結果)

a)十勝川下流域概要

 十勝川は,十勝岳にその源流を発し,音更川,札内川などの多くの支川を有する北海道内第2位の流域面積9,010平方kmを誇る一級河川である.本川の流路延長は156kmにおよぶ.

 今回,津波が浸入したと考えられる区間は,本川下流区間と,これと並行して流れる支川浦幌十勝川,下頃辺川である.この区間の本川の平均河床勾配はおよそ1/5,000程度,堤々間の距離は1000m前後である.

 下の地図は,本川およびこれら支川の位置関係,水位観測所を示している.図中の河道を横断する青細線は河口からの概略の距離を表すキロポスト(以下,k.p.と省略する.支川の場合は,本川との合流点からの距離),△は水位観測所の位置とそのk.p.を示している.また,○は,後述したとおり津波痕跡の標高観測地点を示している.

本川と並行して流れる支川浦幌十勝川,下頃辺川は,本川のk.p.11.0付近で導水路によって本川と接続されている.この導水路には本川から支川への流入量の調整用水門が設置されているが,津波の浸入当時,この水門はほぼ全開となっていた.

tokachi_map.gif

b)水位記録

 以下の各図は,地震発生時刻の4:50を時刻の原点とした地震発生12時間前から発生48時間後までの10分間隔の水位記録を下段に,さらにこれに対して高速Fourier変換(FFT)を実施して抽出した津波成分を上段にそれぞれ示している.ここで,\etaは河川水位,aは着目した時刻における波峰とその後現れる波谷との水位差,Hは津波成分,すなわち河川水位からの水位変動量である.また,各地点の津波の周期は,極小水位から次の極小水位 (trough to trough)までの時間とした.

・大津水位観測所(地震発生-24時間?+48時間)
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 旅来水位観測所では,上図から分かるように地震発生後から約60分後の5時50分に最大水位1.47mを記録している.後述のとおり現地調査を行ったが,この地点近傍の河岸で今回の津波の痕跡と考えられる,泥の付着した笹群が上流に向かって倒伏した箇所を確認した.この地点では,地震発生後の3時間後から 15時間後程度までの間,津波が原因と考えられる0.50m程度の振幅の水位変動が継続し,それはやがて減衰していき,少なくとも24時間後程度まで見られた.その後は,風波成分などのノイズと同程度となった.また,この地点で観測された津波の周期は,およそ40分程度であった.

c)現地調査写真

・大津水位観測所付近の痕跡(KP3.2km右岸)
pix0001.jpg  大津水位観測所付近から河口方向に向かって撮影. 丘陵堤上に流木による痕跡が明確に残されていることが確認できる. 河道横断図と水位記録の両者を参照した結果,および写真中央に見える河畔林を有する断面では流木を確認することができなかった(河畔林が流木を除去するフィルターの役割をしたため.洪水時の場合は下流に向かう流れのために河畔林を有する断面でも流木が付着する)ことから,今回の津波による痕跡であるものと推測される.
・大津水位観測所付近の痕跡(KP3.2km右岸)
pix0002.jpg  十勝河口橋から上流方向に向かって撮影.  高水敷の植生類が上流に向かって倒伏していることが確認できる.なお,植生の倒伏は対岸でも見られた.津波の遡上に伴う水位上昇により,高水敷の一部にまで水位が到達したものと考えられる. 河道横断図と水位記録の両者を参照した結果,今回の津波による痕跡であるものと推測される.

d)十勝川における津波遡上の痕跡調査

 現地調査で発見された明瞭な津波の遡上痕跡に対し,その標高を含む位置座標をRTK(Real Time Kinematic)GPSを利用して計測した.ただし,計測に利用した電子基準点が今回の地震の影響で移動している可能性があり,現在のところその補正量が確定していない.このため,観測値の平面位置,標高は最終的な値ではない.

 各痕跡の位置は地図中の○印,その標高は下表に示すとおりである.この計測結果と各水位観測所における最大水位の対応関係は概ね良好であると言える.

 なお,導水路水位観測所の水位記録を見るとさらに上流部まで津波が到達した可能性がある.今回の調査でもこれより上流部まで調査を行ったが,これより上流では高水敷に達するほどの水位に満たなかったなどの理由から,それを確認することはできなかった

地点名 痕跡標高(m) 痕跡物証 地点名 痕跡標高(m) 痕跡物証
k.p. 3.0R 1.60 丘陵堤上の連続線状の流木片 k.p. 2.5L 0.82 倒伏した植生群
k.p. 5.7R 1.97 植物に絡み付いたゴミ,泥 k.p. 5.0L 1.22 倒伏した植生群
k.p. 7.4R 1.82 植物に絡み付いたゴミ,泥 k.p. 7.5L 2.31 倒伏した笹群
k.p. 9.2R 1.36 倒伏した植物に付着した泥 k.p.10.0L 1.16 消波ブロック側面の連続線
k.p. 10.7R 1.29 砂質高水敷上の連続線状流木片 k.p.10.7L 1.22 倒伏した植生群

e)十勝川における津波遡上の状況

 導水路水位観測所のさらに上流のk.p.21.0に茂岩水位観測所が設置されているが,この地点では津波の影響と考えられる水位変動は見られなかった.

 河口から浸入してきた津波は,これらの水位記録から少なくとも導水路水位観測所の位置するk.p.11.0付近までは到達したものと考えられる.導水路水位観測所よりさらに上流まで津波が遡った可能性は十分にあるが,その水位は低く高水敷の高さまで至らなかったこと,導水路水位観測所と茂岩水位観測所の間に観測所が設置されていないためにその事実を把握することは困難である.

 なお,大津と旅来水位観測所の第1波の記録時刻を利用して,この津波が河川を遡上する速度を概算したところ,約5.0m/sであった.

 地震と津波は同時に発生する現象である.十勝川の堤防は今回の地震で多くの被害を受け,そのような被害箇所に津波の痕跡が重複する断面もいくつか見られた.河口から浸入してきた河川を遡上する津波が地震により脆弱となった堤防を洗掘して二次災害を引き起こす可能性も否めない.

 この他,陸上自衛隊によりソリトン分裂を伴いながら遡上する津波が撮影されたが,これは実河川においてソリトン分裂が確認された非常に貴重な情報である.

調査結果概要