北海道開発土木研究所におけるスマトラ沖地震およびインド洋大津波に関する対応

最終更新 : 2006年3月28日

SURVEY ON TSUNAMI RUNUP IN THE RIVER

スリランカは, その周囲が陸棚に囲まれた海底地形を呈している.スリランカの沿岸地域における津波の遡上痕跡調査は,津波の来襲直後から複数の研究者によって行われた.東部海岸地域では多くの地点で10mを超える痕跡が確認されているほか,複数の15mに達する痕跡も確認されている.

本調査において調査対象とした河川は,Yan Oya, Mahaweli Gangaである.ここで,Oyaは雨期のみ流路が出現する河川,Gangaは年間を通して流れを有する河川をそれぞれ意味する.なお,スリランカ東部海岸は,潮流が強く漂砂が顕著なために複数のラグーンが形成されて点在し,河口部に砂嘴が発達していることが多い.このため,河口近傍の水深は極端に浅いなど我が国の河川の下流域とは状態が大きく異なる.

1) Yan Oya

スリランカの東部海岸に河口を有する河川は,海岸沿いのラグーンを経由して海に接続するものがほとんどで,単純な河口形状を呈する河川は非常に少ない.Yan Oyaは,Fig-1に示したように比較的単純な形状の河口を有する数少ない河川のひとつであるものの,やはり同域の他の河川と同様に砂嘴の影響を受けて河口部近傍の水深は極めて浅い.

Fig-1Yan Oya River mouth (Point (b) is about 3.5 km from Point (a). Mangrove trees on riverbanks in this section may have contributed to the dissipation of energy from the intruding tsunami.)

Fig-1Yan Oya River mouth (Point (b) is about 3.5 km from Point (a). Mangrove trees on riverbanks in this section may have contributed to the dissipation of energy from the intruding tsunami.)

Fig-1中にaで示した河口に位置するKallarawa村には,樹冠部から中折れしたヤシ*が数多く見られ,これらから判断される津波痕跡と住民からの聞き取りの結果,この海岸一帯における津波の最大水深はおよそ7m程度にまで達していたことが明らかになった.その一方で,河口部の河岸において植生の倒伏や土砂の堆積・洗掘などの痕跡は認められるものの,その規模は海岸沿いの遡上状況に比して顕著なものではなかった.この理由は次のように考えることが出来る.海岸線沿いは障害物を何も有さないのに対し,河口部近傍の水深は砂嘴の影響を受けて非常に浅くなっている.すなわち,津波は河道へ浸入したものの,その強力なエネルギーがここで散逸してしまうために,河口から上流に向かう長距離の溯上が出来なかったものと推測される.

Photo-1 Mangrove on the Bank of Yan Oya River

Photo-1 Mangrove on the Bank of Yan Oya River

Fig-1中にbで示した河口から3.5kmの地点に位置する村での聞き取りの結果,この地点における津波の浸入に伴う河川の水位上昇は最大で0.5m程度,場所によっては河床が4m程度上昇したとのことである.この河川の河口付近での津波の最大水位とこの地点の地盤標高から考えると,この地点での水位上昇量は小さいと言えよう.この一因として,Photo-1に示したように河口からこの地点までの河岸に密生するマングローブによる消波効果が挙げられる.つまり,河道内における津波の伝播は,マングローブと河口形状の両者が相俟って抑制されたものと推測される.

*今回の調査では,ヤシから遡上高を推定する場合,樹冠部から中折れしたヤシのみを対象とした.一方,複数のヤシにおいて樹冠部の下端から中央部程度までの葉が褐色に変色しているものが見られたが,海水に冠水しただけでヤシの葉が枯れることは考えにくいため,これらは推定物証から除外した.ただし,土壌の塩分濃度が津波の遡上により上昇した可能性があり,これに伴って樹冠部下方に位置する葉齢の古い葉の褐色化や枯死が促進された可能性はある.

2) Mahaweli Ganga

Mahaweli Gangaはスリランカで最大の流域面積を誇る河川で,Trincomalee湾とインド洋に面する2つの河口を有している.今回の調査では,2つの河口のうちFig-2に示したYan Oyaと同様に比較的単純な形状をしたインド洋に面するMudduchchenal村の近くのものを対象とした.

Fig-2 Mahaweli Ganga River mouth (The maximum water level mark was 4 m at Point (b) and 2 m at Point (c). The difference may be attributed to the density of obstacles. The distance from Point (c) to Point (d) is about 3.2 km.)

Fig-2 Mahaweli Ganga River mouth (The maximum water level mark was 4 m at Point (b) and 2 m at Point (c). The difference may be attributed to the density of obstacles. The distance from Point (c) to Point (d) is about 3.2 km.)

河口付近にはFig-2中のa,bで示した一帯にMudduchchenal村が存在していたが,今回の津波の来襲で完全に破壊され,現在は無人となっている.同図中にaで示した海岸線に沿ったヤシの樹林帯における津波の最大水深はヤシの屈曲状態から10?12m程度,同図中にbで示した村内の街路樹に沿った地点での平均的な水深は家屋の倒壊状況とヤシの幼木の屈曲状態から3?4mに達していたものと考えられる.一方で,同図中にcで示した河道に沿った陸域の最大水深は住居に残された痕跡から2m程度であり,両者には大きな相違が見られた.この理由は,村内では街路樹や構造物の影響で津波氾濫流の水深が上昇したのに対し,河道沿いの地点では村内と比べ津波の流れを遮る障害物が相対的に少なかったためであると考えられる.

bank_erosion.gif

Photo-2 Riverbank scouring thought to have occurred at the time of water retreat (The soil was scoured to the depth where palm tree roots are densely distributed. The photo was taken from the left bank of the Mahaweli Ganga River mouth, near Mudduchchenal Village, looking toward the river mouth.)

Fig-2中のc付近の河岸において津波の溯上による土砂移動を調査した.その結果,河道近傍ではPhot-2に示したような戻り流れにより発生したと考えられる洗掘,河岸より50m内陸側では0.3m程度の土砂堆積が見られた.ただし,両者ともに終局状態であり,その形成過程は不明である.

3) 日本における津波の河川遡上の事例との比較

我が国の河床勾配が1/5000程度よりも緩やかな河川では,河口における津波の最大波高が1m程度であっても河口から数km上流部までその浸入が明瞭に認められている.一方で,今回現地調査を実施したスリランカの東部海岸地域では,前述の通り,河口周辺での最大波高が5m以上の津波が来襲した河川でさえ津波の河道への浸入痕跡が認められたのは河口のごく近傍だけに限られていた.これは,我が国の河川のように上流から下流に向かって連続的な下り勾配で海に接続する場合と,河口部に砂嘴を有して近傍の水深が非常に浅くなっているスリランカ東部海岸地域の多くの河川の場合とでは,津波浸入の状況が全く異なることを示している.